東京レコード散歩 その⑱ 池袋(前篇)
文/鈴木 啓之 (アーカイヴァー)

都内城北の玄関口、池袋といえば「池袋の夜」(青江三奈)のレコードジャケットのアングルで
♪どうせ気まぐれ東京の夜の池袋~ならぬ、昼の池袋篇である。池袋というとどうしても夜のちょっと危ういイメージが付きまとう。最も有名なご当地ソングは青江三奈の「池袋の夜」だし、同曲が日活で映画化された際も『女の手配師 池袋の夜』というかなり怪しげなタイトルが冠された。最近でもクドカン(=宮藤官九郎)作の『池袋ウエストゲートパーク』はエグいシーンが描かれたアンダーグラウンドなドラマとして記憶される。東京をあまり知らない人にとって、池袋はちょっとコワい街と思われても仕方がないだろう。そんなイメージを払拭すべく(?)出かけた今回の散歩、結論から言ってしまえば少なくとも昼間はいたって平和な街であった。個人的には学生時代の多感な時期を過ごした懐かしい街でもある。ターミナル駅にありがちな、西と東で様子が大きく異なる街。まずは親しみ深い西口一帯を歩く。

老舗のレコード店の五番街、壁にアイドルグループのサインが並ぶ
東武百貨店の地下1番街に有名な待ち合わせ場所があり、今は大きな液晶モニターになっているが、昔はテレビがたくさん並んでいたことから“テレビ前”と呼ばれていた。ご存知の方はきっと多いはず。その横の地下道を東口方面に進むとJRの改札を過ぎた辺りに「スナックランド」という食べ物屋さんの集合体があり、そこでスパゲッティやカレーをよく食べたのも懐かしい。今は小綺麗になり名前も変わったものの、食べ物処は健在だ。少々話が逸れたが、今日も旧テレビ前で同行のT氏と合流してから、まずは東武のエレベーターに乗って7階へ。老舗のレコードショップ「五番街」に立ち寄る。昔からよく歌手の店頭キャンペーンが行われていたが、今はやはりアイドルが多い様で、壁に様々なアイドルグループのサイン入りポスターがズラリと並んでいた。「旭屋書店」で毎日のように本を物色したのも東武百貨店での想い出だ。角川映画が次々に封切られていた頃、薬師丸ひろ子の次の主演作が「セーラー服と機関銃」と発表されてすぐ、まだ文庫になる前の単行本を探してここで買ったことを強烈に憶えている。当時のCMに倣って言えば、私は読んでから観る派だった。ビックカメラのCMソングにある通り、東口にあるのが西武で、西口が東武なのがややこしい。もっとも池袋の東武はもともと東横百貨店、西武もその昔は武蔵野デパートといったらしい。

ドラマですっかりおなじみになった西口公園(IWGP)
今やIWGP(=池袋ウエストゲートバーク)の名の方が通りがよくなった西口公園は平日の昼間にも拘わらず人でいっぱい。ステージ状になった場所にホームレス風が三人ほど横になっている。すぐ脇には平和の像があるが、普段は気にとめる人は皆無であろう。戦前は師範学校、戦後まもなくは闇市が広がっていた一帯だそうで、今はすぐ側に聳える東京芸術劇場が、街の景観と治安を辛うじて保持している感じがした。見渡しのいい公園から駅前の大通り(要町通り)に抜けて、丸井がある大きな交差点へ。途中の左側にあった「芳林堂書店」の本店は今は失く、通りの反対側にコミックプラザだけが残る。地下1階から地上6階までの大型書店で、最上階の7階には古書の「高野書店」と喫茶「栞」があり、階段から連なる広い均一棚を漁ったのも懐かしい想い出。そして1階奥には芳林堂のレコード部があった。昭和50年代の半ば、アイドルのシングル盤などはここでずいぶん買ったと思う。交差点にあるマルイでは買物の憶えこそないものの、何階かに入っていたハンバーガーショップ「森永LOVE」によく立ち寄ったものだ。ハンバーガーは素朴で好きな味だったし、それにも増して、ちょっと独特な甘さのあるオレンジジュースを決まって注文していた。あれはサンキストオレンジだったか。森永LOVEは店舗数が少なかったせいか、当時の話が通じる相手は意外と少なく、2007年のホイチョイ・ムービー『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』で六本木店のセットが再現されたのは嬉しかった。

八勝堂書店

メモリーレコード
要町通りをさらに進むと古本とレコードの「八勝堂書店」がある。今の綺麗なビルになる前から通っていて、自分なりの堀出し物をずいぶん買わせてもらった。店頭にあるシングル盤の100円均一台が楽しく、池袋に来るとだいたい立ち寄るのが常。店の半分は古書店になっていて盤石の品揃えである。新装オープンの時にレア盤がザクザク出ていたのは、亡くなった凄いコレクターの遺品を買い受けたものだったと、後に事情通が教えてくれた。今日も立ち寄ったついでにシングルを2枚購入してから、横の路地を曲がって立教通りへ。その手前、今はバーになっている「メモリーレコード」は、かつてはレコード屋さんで、店名はその名残。当時もう少し大人だったら通いたかったレコード店のひとつだ。立教通りを歩きつつ、老舗の古本店「夏目書房」を少々覗く。以前はこの裏手に「セブンティーンズ・ロック」といういい品揃えの中古レコード屋さんがあった。駅からだいぶ離れた商店街の外れで営業された後の移転先。洋楽がメインながら邦楽も充実していて、価格も良心的だった。

立教大学キャンパス内にある「鈴懸の径」歌碑
ようやく立教大学に到着。昔から変わらぬキャンパスを歩くと若いエネルギーに溢れていて圧倒される。自分の老いをひしひしと感じる悲しい瞬間だ。今日の確固たる目的のひとつだった「鈴懸の径」の歌碑を見つけて写真撮影。その横に小ぶりながら鈴懸の並木道は今も存在していた。鈴木章治とリズム・エースの演奏で知られるナンバー、もともとは戦前に灰田勝彦が歌ったヒット曲で、氏は立大のOB。そして立大出身のヒーローといえば、なんといってもミスタージャイアンツ・長嶋茂雄の名が挙げられよう。40年近く前、『消えた巨人軍』というテレビドラマのロケを大学の正門前でやっているのに遭遇したことがある。大坂志郎さんの姿が見えて、石立ドラマ『雑居時代』のファンとしては嬉しかった(五人姉妹の父親役で出演していた)。ロケ話ではもう一つ、B級映画の鬼才・河崎実監督の自主映画時代の作品『イキナリ若大将』も、ここを京南大学のキャンパスに見立てて撮影している。ついでに言えばラストのパーティーシーンは、東口にある高村ビル(現在はディスクユニオン池袋店が入っている)の最上階のホールでの撮影だった。何もかも、みな懐かしい・・・。
![]() 池袋の夜/青江三奈(昭和44年) |
![]() 池袋ナイト/谷俊之と東京ナイツ(昭和49年) |
![]() 鈴懸の径/灰田勝彦(昭和35年) |
![]() スシ(鈴懸の径)/フランキー・カール(昭和39年) |
![]() 野球小僧は歌う/灰田勝彦(昭和39年)※シートブック |
![]() セント・ポール・ウイル・シャイン/立教グリークラブ(昭和30年) |